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ホッブズとロック

1 :右や左の名無し様:04/01/20 01:46 ID:gpeamsCv
ホッブズとロックが「自由」と「服従」の概念について
どう論じているのか教えてください。


2 :右や左の名無し様:04/01/20 05:45 ID:???
Uゲット

3 :右や左の名無し様:04/01/20 06:14 ID:???
両者とも主体/客体、人為/自然の二分法に立って、
主体の合理的特性から自由を導いているという点で、同じ。

そして、人間が自然的自由を行使して絶対的権力を創出し、服従契約を結ぶという点までは同じ。
ただ、ロック理論は自然状態→社会契約→統治契約の二段階理論になっている点は注目。

加えて、彼らの自由観は彼らの想定した自然観によって微妙に異なる。
ホッブズのいう自然は北斗の拳の世界ような荒廃の地のイメージ。
そこから導き出される自由は私利私欲マンセー自己保存の自由。
ロックのいう自然はアンパンマンの世界のような皆がマターリやっている公民的世界のイメージ。
そこから導き出されるのは倫理的・道徳的に基礎付けられた自由だ。

両者が自然権と同じ言葉を使ってはいても、ニュアンスは微妙に異なっているのだな。
それと、レポートは自分でやれよ>>1


4 :右や左の名無し様:04/01/20 09:32 ID:574w4+M5
ポップスとロック

5 :右や左の名無し様:04/01/20 16:39 ID:j1gnWLup
早くもスレ違いで申し訳ないんですが、
どなたかマキャヴェリの政治思想について論じて頂きたいのですが・・・

6 :一茶:04/01/20 17:22 ID:???
大学生
 2ちゃんねるで
  課題済ませ

7 :右や左の名無し様:04/01/20 22:32 ID:erkc1DYb
>>1=5
氏ね

8 :3:04/01/21 07:14 ID:???
>>1-5
氏ね

9 :右や左の名無し様:04/01/22 08:59 ID:???
>>3
実にわかり易い!それでいて綺麗な文。
あなたさまの様な人がこの板にいると、政治思想板が
「小林よしのり周辺」「ウヨサヨネタ隔離板」から
(社会科学)「法学部政治学科西欧政治思想史専攻」の人や
(社会科学)「経済学部経済学科経済学説史専攻」の人などが集まってよくなると思う。

小室直樹が、経済学をめぐる巨匠でホッブス&ロックについて大雑把に書いてますな。
ここらへんにもコメントもらえるとうれしいですね。
小室さん、老いてからというもの、ちょびちょびとしか斬新なネタを提供してくれませんからねぇ。
本当はもっと頭いいんだろうけど、バカに振舞ってるのがなんとももったいない。
しかし、それも長く続くと小室不信に変わりかねない危険を伴う。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4478210454/250-0623589-3495446

10 :1に優を取らせる会:04/01/23 10:56 ID:???
おおまかには>>3でいいが、微妙に補訂が必要だ。
まず、自然状態という出発点は、両者ともに変わらない。

しかし、human natureすなわち人間の自然(本性)の捉え方は異なっている。
ホッブズの言うhuman natureの核は自己保存の特性であり、
そこからは私利私欲の自由までをも肯定される。
しかし、ロックのhuman natureは神人一体的な倫理的特性が強調されており、
放縦ではない公民的自由が肯定されている。
理性というこの時期のキーワードで言い換えれば、
ホッブズの言う理性が自己の利益を最大化するために奉仕する特性を主眼とするのに対し、
ロックの言う理性では万人に共通する平等な普遍特性が強調されている。

少々誤導的な対比を許してもらえるとするならば、
ホッブズは「ありのままの人間」を理論の出発点にしようとしたのに対して、
ロックはあるべき人間を理論の出発点にした、と言える。
ロックは、ホッブズの人間観に倫理的特性が欠如していると判断したのだろう。
(誤導的、というのは、果たして私利私欲を追求することだけのみを唯一の
特性として「ありのままの人間」としてよいか、という疑問を棚上げするため。)

この二者の違いは、現代の契約主義の中での理論の違いにも対応している。
ホッブズの流れを組む代表的論者が、
道徳なきところに道徳を打ち立てようとするD.ゴティエであり、
ロックの流れを組むのが
正義の感覚を有する人々による正義に適う社会像を提示しようとする有するロールズだ。


11 :1に優を取らせる会:04/01/23 10:59 ID:???
続き
服従という点に関して見逃せないのが遵守問題だ。
論点はいくつかあるので、列挙しよう。
1、人々は服従契約をしたがいいが、その契約を守らねばならないという規範はどこからくるのか。
分かりにくい疑問に思われるかも知れないので説明しよう。つまりはこういうことだ。
我々は契約をした。契約が有效であるためには、
契約を守るべしという規範が必要になる。
契約主義に立つ以上、この契約を守るべしという規範も契約によって生み出されるのだが、
そうしたとしても、今度は契約を守るべしという規範を守るべしという規範は
どこから来るのか、と限りなくとメタメタメタ循環を起こしてしまうわけだ。
この点に関して、ホッブズは契約を守らない奴を
政治権力が罰することにより契約の有效性を擔保しようとする。
ロックは意識的な解答を与えていないが、
おそらく彼の想定する人間の道徳的特性に
契約を遵守することが込められているのだと思われる。

2、何故一度限りの契約が、後世の人々をも拘束するのか。
ホッブズはこの点に関して何も言わない。
ロックは、革命権を人々が行使しないという默止の同意がつづく限り、拘束は正当化されると考えている。
また、統治論の他の個所では同意は假設的な同意でいい、とも言っているので、
飽くまでも合理的な国制を呈示するだけにとどまるのかも知れない。
この点の曖昧さがロック右派左派を生んだ所以だろう。

ホッブズが2に解答を与えなかったのは、
神権的絶対主義を否定することが彼の契約主義の問題意識だったからであろう。

12 :右や左の名無し様:04/01/23 11:02 ID:???
>>1=5
マキャベリについてはよく知らん。許せ。
とりあえず、ばーちゅーとふぉるとぅなの区別を知っとけばいいんじゃないのか。

13 :右や左の名無し様:04/01/23 11:08 ID:???
>>9
噂は聞いたことがありますが、実際に著書を読んでみたことはありません。
何とおっしゃっているのですか。

14 :右や左の名無し様:04/01/23 11:28 ID:???
>>3=10より
<ロック理論は自然状態→社会契約→統治契約の二段階理論

<ホッブズは「ありのままの人間」を理論の出発点にしようとしたのに対して、
<ロックはあるべき人間を理論の出発点にした、と言える。

こういう対比だ。
ホッブズ:「自然状態/国家」
ロック:「ホッブズ的自然状態/市民社会/国家」


15 :右や左の名無し様:04/01/24 02:41 ID:Sr+Ihf16
ミルの思想についてどなたか論じてください。

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